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千葉地方裁判所館山支部 昭和36年(む)4号 判決

申立人 鈴木利枝

決  定

(申立人、代理人氏名略)

右の者は司法警察員の押収に関する処分に対し適法な準抗告の申立をしたので、当裁判所は左の通り決定する。

主文

警視庁大森警察署司法警察員が昭和三十五年十月二十七日別紙(第一)記載の物件を申立人方より押収した処分はこれを取消す。

東京地方検察庁検察官又は右司法警察員は右物件を申立人に引渡すこと。

理由

一、本件申立の理由は別紙(第二の一、二)記載の通りである。

二、野口清司に対する詐欺被告事件の審理経過並に別紙(第一)記載物件(以下本件物件と略称する)捜索差押(以下本件処分と略称する)経過等は別紙(第三)記載の通りである。本件物件の押収は継続しているので準抗告の利益は存在するこの事実は関係資料によりこれをみとめる。

三、本件物件の捜索差押は昭和三十五年十月二十七日為されたものである。その処分は同三十五年十月二十六日大森簡易裁判所裁判官の発布した捜索差押許可状に基いて為されたものである。しかして右捜索差押許可状は同日大森警察署司法警察員によつて為された捜索差押許可請求に基いて発布されたものである。ここに注意を要することは、同請求書記載の被疑者名と被疑事実(別紙第五)は別紙(第四)の被告人名と公訴事実と全く同一なることである。即ち、昭和三十五年九月二十日東京地方検察庁検察官が東京地方裁判所に起訴した野口清司に対する詐欺事件と全く同一の人及事実につき(右事件につき同年十月二十五日第一回公判期日が開かれたる後)大森警察署司法警察員は右事情を知りながら同年十月二十六日被告人野口清司を被疑者と表示し且公訴事実を被疑事実と表示し、右事情を知らない大森簡易裁判所裁判官に捜索差押許可請求をなしたものである。右の如く大森警察署司法警察員が「被告人」「被告事件」と表示すべきにかかわらず、これを「被疑者」「被疑事件」と表示して捜索差押許可請求を為したるは違法と言わざるを得ない。(刑事訴訟法第二百十八条、刑事訴訟規則第百五十五条)のみならず第一回公判期日後に被告事件と同一事件につき、捜索差押許可請求をなしたることは、これを必要とする特別の事情の認められない本件の場合は、不当であると言わねばならぬ。捜査機関たるものは、かゝる違法、不当の捜索差押許可請求にもとずき、捜索差押許可状の発布を受けたときは、(たとえ許可の裁判が取消されない場合といえども)これにもとずき具体的に捜索差押の処分を為すについては、強制処分の本質に鑑み、かゝる処分を抑制すべきであつたにかゝわらず、本件物件の捜索差押を為したることはその具体的処分そのものについてもまた、違法、不当の責を免れ得ない。けだし、捜査機関は強制処分を為すについては、(たとえそれが令状に基くものであつても)その適法性、相当性を独自に判断する権限を有し、義務を負うからである。(蛇足であるが、許可状の場合、捜査機関はその執行を命ぜられたものではなく、権限を附与されたるものであること、そして捜査機関はその権限を行使するや否やについて裁量権を有するものであることが想起されねばならない。)因みに違法、不当の事由は、準抗告申立事件の決定を為す時点までに(即ち後日において)判明(存在ではない)したところの事実を含めて、強制処分当時存した全ての事実にもとずいて判断さるべきであり、違法事由が重大且明白なる場合は、処分は無効であり(訴訟法的には無効宣言乃至取消を要するが)違法事由が重大ではあるが明白でない場合、不当事由が重大なる場合は明白なると否とにかかわらずその処分は取消し得るものと解される。又行為者に故意・過失あることは必要としないものと解される。(国家賠償法第一条の法意とはこの点においてことなる。)蓋し、かく解することが最もよく捜査の司法的抑制の理念に適合するからである。本件の場合、その違法事由は重大且明白であるとみられるので本件処分は無効と解すべく、のみならず不当事由存するに止まるとするもその不当事由は重大且明白であるからいずれにしろ本件処分は取消をまぬがれないと思料される。(のみならず関係資料によれば次の事実がみとめられる。本件物件は野口清司の詐欺被告事件につき証拠品として公判裁判所に提出されるに至つたものでもない。又本件物件は右被告事件の判決において没収されるに至つたものでもないし、被害者に還付されるに至つたものでもない。そして右被告事件は昭和三十六年五月二日確定したものである。その賍物性も必ずしも明らかでないし、被害者に還付すべき理由も必ずしも明白ではない。今やその押収継続は何等の理由・必要を有せざるものである。(刑事訴訟法第百二十三条・第百二十四条・第二百二十二条))捜査機関が本件物件を他事件の没収物又は証拠物として、その要件を充足する限りにおいて、差押え得べきこと、有坂功がその要件を充足する限りにおいて、民事手続により本件物件を追及し得べきことは本決定とは関係のない事項である。処で本件物件の保管庁が東京地方検察庁なりや大森警察署なりや必ずしも明白でない。従つて東京地方検察庁検察官又は警視庁大森警察署司法警察員は本件物件を申立人に引渡すべき義務を負担すると言うべきである。

よつて刑事訴訟法第四百三十条・第四百三十二条・第四百二十六条第二項に則り、主文の通り決定する。

(裁判官 小室孝夫)

(別紙略)

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